昭和56年12月07日 朝の御理解



御理解 第7節
「天地金乃神は昔からある神ぞ。途中からできた神でなし。天地ははやることなし。はやることなければ終わりもなし。天地日月の心になること肝要なり。信心はせんでもおかげはやってある。」

 天地日月の心になること肝要だ。お道の信心はここに、焦点を置いて「天の心」とは「地の心」とは「日月の心」とはと究明して分からしてもらい、それをその心になること肝要と、仰せられるのですから、それを身に付けていくと、言う事以外にはないと思うんです。その天地日月の心を身に付けていく、その手立てが、いわゆる御教えのすべてというても、よいのじゃないでしょうかね。それをいわゆる実意丁寧それを、行じていく守らせて頂くと言う事。
 それが難しいと言う事ではなくて、人間が人間らしゅうそれを身に付けていこうという、という手立てが私は合楽理念だと思うんです。ですからそれを行じなかったらね、だからいかに天地日月の心というても値打ちはないです。「信心は変人になれ。変人にならんと信心はでけん」とも教えられます。「変人とはすぐい事ぞ」と教えられております。ね私は、天地日月の心がどんなに分かったってですねいうならば変人ぶりを発揮するという事は、その特に変わった事をすると言う事ではないのです。
 いうならばまともな事をしていく人が変人と見られるようなまあいうならば世の中ではないでしょうか。これが本当だと。いわゆる「変人とはすぐい事ぞ」真っすぐい事ぞと。だからその事が本当だと分からして頂いたらそれを行じ徹する事だと。どんなに苦しい事があっても、こんな事はいけないと例えば云われる事があったらそれをやはり貫く事だね。漠然と天地日月の心が分かったり、漠然とそれを行じておるというのではそれこそ「信心はなくてもおかげはやってある」と仰せられるくらいですから。
 信心はうすくてもいうならば教えを守らなくてもおかげは頂くでしょうけれどもね、いわゆる御神徳を受けると言う事は出来んと思うですね。ですから、変人にならなければいけません。変人とはすぐい事。そういうものがあれもこれもと言う事ではないけれども、それが徹し行じられると言う事ね、そこにはですねやはり神様にかけて又は向けては神経質なまでに心を使はなければいけない。いろいろ神経質な人がありますね。
 私北京時代に隣に看護婦会がありましたが、そこの看護婦さんが一人大変な神経質な人が居って、もう出入りの時には必ず消毒液がおいてあってそれでいつも洗っていますから手はいつもこうざらざらするように荒れきっておる。まあばい菌ならばい菌の恐さを知れば知る程そうせずにはおられないのかも知れませんね。神経質な。けれどもそのやはりばい菌の恐ろしさというか分かればそうせずにはおられないのでしょう。はぁあの人も神経質で気ちがいのごたるとまあいうわけです。
 これは岸先生から聞いた話ですけれども、岸先生の所の二階に久保山さんというあのう方がしばらく焼け出されてまあ下宿じゃないけれど間借りをしとられました。中々お芝居好きの方でしたから、私よく知っておるのですけれども、その方の事を岸先生が話しておりましたが、この人の神経質にゃ驚くち、いつも足袋をはいとられるのですけれども、その外に出る時と勿論家へ居る時にはね足袋を替えて行かれるんですけれども、二階から足袋をぽんと下へ投げられるんだそうですね。
 そして下へ降りてから、足袋を履かれるんですね。上から決して履いてきなさらん、又帰って来たら又そこに足袋を脱がれると。こげん神経質な人はござらんと。本当にまあ病的というでしょうねそういうなのはね。私はその病的な神経質な、といわれたり思われたりする位にですね、私はこの教えに向かって、いわゆる天地日月の心になる事と、言う様な事が、段々分かってきたら、それを行ずる事の上においてです、その位にならなければ嘘だと思うなあ。
 皆さんも御承知でしょうが昔もう亡くなられましたけども久留米の石井さんなんかねもう大大変な神経質な方でしたが、かをるさんという嫁ごがこの人も亡くなりましたけれども他にどうちゅう事はないけれども、たくあんでも白菜のお漬物でも熱湯をかけなさらにゃ食べられなさらんそうですたいね、だからもうその漬物の美味しさがないちゅうわけです。病的なんですねまあいうなら。神経質なんです。
 これはそういういうなら心がけとでもいうでしょうかが、神様へかけて病的なまでに神経質になると言う様な信心が貫かれるとねお徳受けるようですばい。これはもう私は青年時代から晩休ませてもらう時御祈念は勿論するんですけれども、寝る時は必ずお布団の上で枕の前で御祈念という程のものじゃないけれども拍手して今から休ませて頂くとこうする。それを何かの調子に忘れておる事があるんですよね。
 夜中にふっと目が覚めてあら今日は御祈念しとらじゃったと思うと眠かけんよかよかという心もおきらんこともないけれども、やっぱり起き上がってしましたですね。これは何十年間続いています。はいいまでもそんなことがあります。私はこれは少年時代から続けておる事ですけれども、まあおそらく穀物というものが大切なものであるという事をお話聞いたか何かではないでしょうか。穀物と見たら絶対どこに落ちておっても拾わにゃあでけんという性分が私にはある。
 もう自転車で行きよってもお米なんかがこぼれとるとぴろっと飛び下りてからたとえ三粒でも拾うてポケットの中に入れたもんです。だからいつもポケットん中にぁお米やらね大豆やらんごたるとが入っとったです。それがどうこうという事じゃないけれども、神様の御物を大切にせにぁいかん、それも穀物は特別にというふうに聞いておった事が今日にやっぱ何十年間貫かれております。
 これはなら私が神様へ向かう姿勢の中にはこれが非常にいわゆるそういう時に何というでしょうかね、かまけるという事がないです、ね。ちょっと頭が痛い。ちょっと腹が痛い。もうそすと御祈念はせんでんよかごつ思うちからね。かまけるわけです。子供がおると子供にかまけてそれを実行しない。そう言う事では天地日月の心は分かっても大した事にはならんての。これだけはというものがだんだん生活全体の上に大きくなっていく。例えば時間励行なんかもそうです。
 時間遅ならにぁいかんごと思うとる人がありますね、中には。その人達が正確に来ると、ほう今日は雨が降りぁせんじゃろかと皆がいうね。もうこう言う事では言わばあのう時間励行なら時間励行でも病的なまでにというとおかしいですけれども、神経質ないや神経をそこにそう使わなければね、いわゆる変人という事にはならんです。変人にならんと信心は出けんと。変人にならんと御神徳は受けられんという意味だと思うんです。信心は出けんこつはない。
 どんなにろくそな人であっても、だらしのない人であっても、いや信心はなかってもおかげはやってあるのですから頂けるです。けれども御神徳に触れていく事はでけません。こうと決めたらそれをやはり貫く心がどうでもいりますね。それにはね。私はその信心、病的な信心というのじゃないです。もう本当に神様に傾倒する。いうならばです私が北京時代に知っとった看護婦さんという人が、病菌の恐ろしさというものが分かったら云うならば出入りする時に消毒液で手を洗わなければおられないように。
 神様の有難さ、本当の神様の有難さが分かるという事は神様の恐さも分からねば本当なこつではないというふうに頂いた事がありますがね。本当の神様がだんだん分かりだしたらそりゃもう一分一厘間違いのない生き方を生活の上に頂かなきゃ。なら私がどんなに体が悪かっも朝の御祈念を御粗末御無礼にした事はない。又時間は一分間だって狂わせた事はない。これなんかは或る人に、まあいうならば病的かも知れませんし、あまりにも神経質なのかも知れません。
 ところが、私がおかげを頂いたのは、こういういうならば神経質なまでのその心が神様に向けて行じられた時に私しは私の信心があるように思うです。為にはね、やはり神様の本当の真の有難さと又、神様のいうならば恐さというと言葉が違うかも知れません。恐さも有難さも分からせて頂く所から、そういうまあいうならばきちっとした信心が出けるようになるから、おかげもきちっとしてくると言う事になるのじゃないでしょうかね。私は神様にこれだけの思ひを持っております。
 これだけ神様に傾倒しておるというてもね、そういういうならば変人ぶりの発揮されないようでは、ただ毎日日参しよります拝みよりますというのが、ただ苦し紛れとかおかげを頂かんならんけんで参って来よるとでは、私はおかげは受けても本当な事になっていかないと思うですね。線香一本でもいい、それに火がついておれば紙の裏表を貫く事が出来るといわれる。いわば、千匹の蛍を集めてもです只ぼんやりと明るいだけでは貫く事がでけん。熱つうというものがないね。
 線香一本でも火がついておれば、紙の裏表を貫くとそれにはね、やはりこれだけはという貫くもの。三代金光様の事をお祝詞なんかに、上する時にこりゃもう本当にそうだとね。あからさまにも、実意を欠かれる事がなかったと言う様な事が、三代様の事を讃える時に、あのう讃詞でなくて、実際そうだったと。もうそれこそあからさまにもね、お粗末にはされるような事はなかった、という所に金光様の私しゃ御信心があったと思うですね。しかもそれがですね。
 いうならば段々段々生活の上にも信心生活の上にもそれが表されてくるね、例えば私が何十年間穀物というたら必ず拾ったというそう言う事が神様の気感に適うものであるとするなら、それが段々こう長じるに従ってそういう徹底した教えがこう大きくなっていかなければならんと思うですね。その事だけと言う事じゃない。それには神様が分かれば分かるほど神様に傾倒していくと言う事は、傾倒すればするほどにその辺の所をあからさまにも御粗末御無礼にはでけん事になるのです。
 私は天地の心を日月の心をもって行ずるという事はそういう事じゃないかと思う。もう本当に教祖様がどんな場合であっても、神様の事になったらそれこそ実意を貫き候と仰せられるように実意を貫いて行っておられる。いつもの事ですけれども昨日は竹内先生の所のあの、いわゆる初孫の昨日は初参りでした。昨日は日曜でもありましたから、先生夫妻もそれから今久留米に居られますから佐田のお母さんも皆一緒にお礼参拝をしてまいりましてから、先生とこう接してですいつも思う事です。
 どこまで几帳面な方だろう。どこまで実意を貫かれる方だろうと言った様な様々な事に昨日は竹内先生を通して感じたんですけれども、神様に対するにもそうですけれども、いわゆる合楽に傾倒されておるのがああせずにはおられんという事になるのかもいやそうだと思います。皆さんが合楽合楽といい、はあ親先生に傾倒するというてもです、そんなら何を貫いて先生のいわゆる日月の心を表わしておるか。
 昨日午後からここに居りましたら、書いたものがあるんです。石田先生が又二度のお参りをなさってこう持ってみえられて、これは確か年賀状を書かれる原稿が書けたから、まあ親先生に一辺目を通して下さいという意味だろうと思うんです。「そうでしょう」ちょっと読んでみましょうか。明けましておめでとうこざいます。今般私共天地金乃神様、生神金光大神様、合楽様に一心を立て信心生活に入る事になりました。神様に頂いた命。余生などとは申しません。喜びを開く道です。あなた様には御機嫌うるわしく新年を迎えられますようお祈り致します。
 元旦の祈念 心に注連をかけこれは先生の句ですね。元旦の祈念心に注連を。注連縄の事です。注連縄をかけと結んでおられる。私はこれを読んでからね感動というでしょうか、もし神様が自分の子供やら孫やらに対してですね、もう本当にその親としてあのう冥利につきるという時にその、子供が信心になってくれる時。こりゃ私は家の孫のあのう恵城の事ですけども、日曜たんびに必ず朝の食事はお付き合いしてくれるのです。私の僕が行くとおじいちゃんが喜ぶからというわけ。
 必ずやってくるんです。少し頭が痛くて寝とったっても今日は日曜じゃからとやって来るんです。そして必ずお茶をお薄を一緒に頂きますから、ちあっと手前をしましてね、その覚えているんです。そしてあのう必ず聞くんですけれども「おばあちゃん頂いた」お菓子が置いてあるわけ、それをその家内は甘い物が好きませんから頂きませんけれども必ず、ばあちゃん頂いたかというんです。それでばあちゃん頂いたよといわなければそのお菓子を食べないんです。
 本当にこの人ばかりはばあちゃん思いだというてまあ昨日もその事が話題になったんです食事の時に話題になった事ですけどね。もう親として、ほんならじいとしてですこんなに嬉しい事はありませんよはい。何かそういう嬉しさのようなものを私先生のこのこの年賀状の原稿を見てから思ひました。それこそ何十年親先生親先生というて参って来とるけれども、私は金光様の信心を頂いとりますと例えば人に、まあ隠しゃせんでも吹聴する事すらでけん人がたくさんありますよ。
 「どこに参りよんなさるの」「ちょいとそこまで」ちいうちから金光様ともいうきらん人があるですね。それにおそらくこの年賀状ですから先生のお付合いの限り、いうなら沢山のお付合いの方に出される事でしょうけれども、金光様の信心を頂いとります特に合楽様にあわば傾倒しとります。と言う事をね披瀝でけるだけの私はまあそりゃ有難い一念がそうさせるのでしょうけれどもね、いうならば先生変人ぶりを発揮しとられる一つの例だと思います。皆さんが傾倒するというてもです、どれ程の傾倒が出けておるかと、傾倒すると言う事はならその神様の喜んで下さる例えばいろいろに申しましたね。
 この事だけでも貫いておりますこの事だけでもこれだけは私は実行しとりますと言う様にその実行がいよいよね、天地の心が分かれば分かる程勿論天地の心にならせて頂く精進と同時に、それを日月の心で私は行じようとする貫こうとする私は信心がいる。それはもう当然の事ですけれども、それをならやりぬく人をなら神様は金光様、教祖様は変人というふうに呼ばれておるように思うのです。そういう意味においての変人ぶりが発揮でけるようなね信心を身に付けたいと思いますね。
   どうぞ。